ザイケイちゃんの脳みそ

罪刑法廷主義ちゃんの日々思ったことを書き留める脳みそです。

ギルティオアノットギルティ

この間「君が嫌なことをしちゃったね。ごめん」と彼は謝っていた。

しかし私は謝られたことがよくわからなかった。
私から見たらその事実は悪いことかもしれないが、私にとって謝罪されることは何も喜ばしいことではなかったのだ。

私は彼が道徳に反する行為をしたことには少しばかり心が痛む。

しかし私に謝られても仕方がない。


多人数の人間が決める
社会のあり方
思想
概念


そんなものを道徳というのならば、彼にとってそれは道徳を反するに値しない行為であったのだろうか。

先をゆく人に

彼氏が途切れたことのない女子高生と、今まで恋愛経験のない女子大生

彼女は、彼女の方が私より先に行っていてすごいなあということを言っていた

それを聞いて私の中では「違う人間なのだから先に行く行かないなんてないんじゃない?」という感想が自然に浮かんだ

 

私が劣等感を抱きにくい人間なのかというと、そうではない

むしろ女子大生の彼女よりも自己評価は低く卑屈なくらいだ

ならばなぜそんな感想が浮かんできたのだろうか?

自分の胸に手を当て問うてみる

自分が彼女と同じ状況なら、同じことを言っただろう

他人事だから、そんな感想が浮かんだ気がした

 

でも、他人事というのはつまり客観視するということだ

これを自分に適用できたら、もう卑屈にならずにすむのじゃないだろうか!

これは画期的な発明だ!

 

とここまで考えてテンションが上がっていた

きっと色んな自己啓発本で言われていることなのだろうけど、自分で実感するのは大事ですよね。

 

 

苦労は買ってでもしろ

苦労しないと

深みがでないんだなあ

 

しりを

がんばれない

わたしは、がんばるのが苦手だ

 

「がんばる」という、自分に負荷のかかる状態に身を置くのが苦手だ

 

でも、「がんばる」ことをしないことで、わたしの心臓には、罪悪感の剣がぶっすりと刺さりぬけなくなる

 

そのせいで、わたしの心臓は動くたびに軋み、血がふきでる

 

罪悪感の剣を抜くためには「がんばる」しかない

 

「がんばる」ためにはがんばらなければならない

「がんばる」と、剣が刺さったままのわたしの心臓はさらに軋み、胸がいたくなる

 

だからわたしはがんばれない

 

がんばれば楽になるのがわかっていても

がんばったときの痛みがつらいから

 

そうしてわたしの心臓は黒ひげ危機一発みたいになりながら

軋んで血をふきだしながら

動いている

 

何が足りない

芸人ならスピードワゴンがいる

アイドルならボイメンがいる

バンドならカナブーンがいる

市長なら河村がいる

アスリートならイチローがいる

先生なら林修がいる

ゴリラならシャバーニがいる

城ならシャチホコがいる



何かが足りない…



会社ならトヨタがある

食べ物なら小倉トーストがある

空港なら中部国際空港がある

テーマパークならレゴランドがある

動物園なら東山動物園がある

水族館なら南知多ビーチランドがある

重要文化財なら赤レンガ倉庫がある



何かが足りない…



足りないのは街か?

我々か?


語彙力という手足

「教育とは語彙力である」

本屋に行ったとき目についたこの言葉がずっと頭に残っている

語彙力っていうのは、現実世界でいう、筋力だったり柔軟性だったり、体を自由に動かすちからだとおもう

最近ダンサーさんと一緒に何かをする機会が多く、彼らの身体の選択肢の多さに驚く

彼らは的確に見せたい身体をつくり、イメージ通りの動きをして、怪我をすることだってない

言葉を的確にあやつる人と彼らはいつもかぶって見えるのだ

ダンサーさんは美しい

語彙力のある人もまた美しい

ああいう人間になりたいなあと思った

 

与えられるだけじゃなく

「画面の一歩外を想像するのがとても巧い」と言われていたひとがいた

 

新宿駅の画像を題材にした俳句が
君がおいてったマスクの丸みかな、みたいな俳句だった

 

つまりは、喫茶店に入っていて、席を立つ時に彼女が外していったマスクに彼女の丸みが残っている、という句だそうだ

 

うろおぼえで何がそんなに良かったのかはわからないが、わたしの心にのこったのは、「画面の一歩外を想像する」というとこだった

 

与えられたモチーフの一歩外で、もしかしたらこういうドラマがあるかもしれない!と想像するのは、とても尊いことじゃないか、とおもったのだ

 

そういう想像力は、とても人生を豊かに楽しいものにするとおもうからだ

 

与えられるもののみを楽しむのではなく、その一歩外の可能性を楽しんでいきたいとおもった。